発信すること。

昨日の休日は休めなかった。
いや、誰かのせいとかじゃなく、ただただなにか仕事をしないといけないという強迫観念のせい。
メールチェックだとかモロモロ。。

Twitterとかmixiの呟きを最近見ないようにしている。それは若干自意識が強いためというか、全ての呟きが自分に向いているのではないか、という得たいの知れぬ恐怖感からだ。

中にはあからさまに僕を向いてることがあって、なぜそれを直接言わずそういう場に書くんだろうと、たとえそれがいいことだろうが悪いことだろうが辟易する。

かくいう僕もきっと無意識にそうしてる部分はあるし、意識的にやるときもある。

ネットという無制限に垂れ流し、流し読める世界にそういう特定の誰かに向けたメッセージを、そいつやその周辺にしかわからないよう、もしくはこの発信への反応であるということが容易に汲み取れるよう意識して発信するという一連の作業には、大なり小なりの悪意が含まれる。

勿論、実名を晒して他者を貶めるような行為は論外だが、例えば「この素晴らしい作品(ないし人物)を世間に知らせてあげよう!」というポジティブな動機も、もしその発信対象がクローズされた世界での活動を本意としている場合、悪意ある行動だと対象に捉えられれてしまう。

いずれにせよ、僕が思っている以上に世間は僕に無関心だし、僕が思っている以上に僕が世の中に与える影響は大きい、と考えなければならない。

一方通行的に発信される情報は、自分に対しては無責任で、他人に対してはある程度の責任を負うべきである。

自分の襟を正しつつ、寛容に。

僕は果たしてどの程度出来ているだろうかと、急に恥ずかしくなった。

そんなことをぼんやりと考えた。